
遺産管理人の選任が最初の関門である理由
タイ民商法典は、遺産の把握・債務弁済・分配を裁判所が選任した遺産管理人の職務としています。相続人であること自体は処分権限を生みません。相続人が一人でも、遺言があっても、銀行と土地局は裁判所の命令書を求めます。それが金融機関側の免責根拠だからです。
管轄は被相続人の最後の住所地または財産所在地の裁判所です。争いがなければ申立てから命令まで通常3〜6か月ですが、相続人間で争いが生じると訴訟型に移行し年単位になります。第一回期日までに他の相続人の同意書が揃っているかどうかで、期間はほぼ決まります。
法定相続人の順位と、配偶者の二重の取り分
法定相続人は直系卑属、父母、全血の兄弟姉妹、半血の兄弟姉妹、祖父母、おじ・おばの6順位です。先順位がいれば後順位は原則として相続しません(父母が第一順位と併存する場合を除く)。
配偶者は6順位の外に置かれ、併存する順位によって取り分が変わります。さらに重要なのは、婚姻中に形成した財産の多くが夫婦共有財産である点です。配偶者はまず自分の持分2分の1を取り戻し、残りが相続財産になります。ここを飛ばすと分配額が大きく食い違います。
外国人相続人と土地:1年の処分期間
外国人も相続によりタイの土地の権利を取得できますが、保有し続けることはできません。土地法上、土地局が定める期間(実務上おおむね1年)内に処分する必要があります。コンドミニアムは別で、当該棟の外国人保有比率が49%を超えていなければ、そのまま登記できます。
したがって土地が含まれる場合は、選任申立ての前に出口を決めます。売却して代金を分ける、タイ国籍の相続人が取得し他の相続人へ代償金を支払う、長期賃借権や地上権で利用を確保する。命令が出てから議論を始めると、処分期間が先に進んでしまいます。
日本側書類の認証と遺言の扱い
戸籍謄本、除籍謄本、死亡診断書、相続放棄や同意の書面は、公証・外務省のアポスティーユまたは在日タイ大使館の認証を経て、タイ語訳を付し、タイ外務省で認証する必要があります。この工程に通常4〜8週間かかるため、裁判所書類の準備と並行して進めます。
日本で作成した遺言は、作成地の方式要件を満たしていればタイでも一般に有効と扱われますが、タイ所在の不動産についてはタイ法の制限を受けます。タイに資産がある場合は、タイ資産のみを対象とする遺言を別に作成し、両遺言が互いを撤回しない旨を明記しておくのが安全です。
よくあるご質問
- 相続人全員が日本在住です。全員がタイに行く必要がありますか。
- 通常は申立人1名の出廷で足り、他の相続人は認証済みの同意書で対応できます。申立人は原則として一度出廷が必要ですが、事情によりビデオ出廷や代理を事前に申請できる場合があります。
- タイにどんな財産があるか分かりません。
- 遺産管理人の選任後であれば、管理人として銀行・土地局・商務省・証券保管機関に照会できます。財産が不明な場合こそ、個別に問い合わせるより先に選任手続きを進めるのが実務的です。
- 被相続人に借金があった場合、相続人が負担しますか。
- 責任は相続財産の範囲に限られ、相続人の固有財産には及びません。ただし債権者への弁済前に分配してしまうと、分配額の限度で責任を問われることがあります。順序を守ることが重要です。