
まず確保すべき資料
患者には自己のカルテを取得する権利があります。外来・入院記録、手術記録、麻酔記録、看護記録、検査・画像レポート、処方内容、署名済み同意書までを含む完全写しを書面で請求してください。退院サマリーだけでは不十分で、決め手は看護記録の時系列にあることが多いのです。
併せて、支払領収書、医師やクリニックとのやり取り、日付入りの術前術後写真、帰国後の診断書と費用明細を保存します。帰国して治療を続ける予定であれば、出国前にタイ国内の別の医療機関で現状についての独立した診断を取得しておくと後々有利です。
過誤はどう判断されるか
結果が悪かったことではなく、同条件下で通常期待される医療水準から逸脱があったか、その逸脱が損害を生じさせたかが判断軸です。同意書で十分に説明された合併症が適時に処置されていれば過誤認定は難しく、術前評価の欠落、術中記録の空白、異変発覚後の転送遅延は典型的な責任要素です。
説明義務違反は独立した争点になります。タイ語のみの同意書を理解できないまま署名した、代替手段と主要リスクの説明がない、執刀医以外が直前に取得した、といった事情があれば、手技自体に問題がなくても責任が生じ得ます。
並行して使える三つの手段
一つ目はタイ医師評議会への申立てで、医師の職業行為に関する懲戒審査です。賠償は命じられませんが、その調査結論は後の民事手続で強い説得力を持ちます。二つ目は病院または保険会社との交渉で、多くの案件は補償と清算合意でここで終結します。
三つ目は民事訴訟です。私立病院の案件では消費者保護の枠組みも選択でき、立証負担の面で患者側に有利に働くことがあります。証拠の強さと依頼者の居住地を踏まえ、どこから着手するかを設計します。
美容医療・医療ツーリズム特有の論点
施術者が相応の資格を有するか、施設が正規に登録されたクリニックか、使用した薬剤や機器がタイ食品医薬品局の承認を受けているか。この三点のいずれかに不備があれば、責任判断は明確に患者側へ傾きます。
越境請求では管轄と執行を先に検討します。タイで判決を得て相手資産もタイにあれば執行は直接的ですが、日本での提訴を望む場合は判決の承認可能性の評価が必要です。実務上はタイ国内での処理が最短であることが大半です。
よくあるご質問
- 病院がカルテの全部開示に応じません。
- 受領記録の残る方法で再度書面請求し、本人情報の開示請求である旨を明記します。なお応じない場合は所管当局への申立てや弁護士名での請求を行い、訴訟では文書提出命令を申し立てます。開示の遅延自体も法廷で不利に評価されます。
- 同意書に署名していると請求できませんか。
- そうではありません。同意書が免責するのは、十分に説明され合理的範囲にあるリスクに限られ、過失責任まで免れるものではありません。説明不足、言語の不理解、説明範囲を超える損害があれば請求は可能です。
- 請求に期限はありますか。
- あります。不法行為に基づく請求は、損害と加害者を知った時から一年程度、加えて行為時から起算する上限期間があります。医療案件は準備に時間を要するため、治療の終了を待たず早期にご相談ください。